08読書日記76冊目 「人間の条件」

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

アレントの代表作。やっぱり大著。けどねー、これはねー、ものすごく翻訳が上手いです。アレントなりの用語や概念、最上の教養もあって中々難しいんやけど、しかし読みやすい。俺が成長したせいだろうか笑

アレントは、「人間の条件」を<活動的生活>vita activaの三分類に対応させる。この三分類が興味深い。その類型とは労働、仕事、活動(そしてギリシア的には思考)であるが、労働と仕事の区別が際立っているのだ。労働とは、生命の新陳代謝の過程に必要である消費される必要物を消費するために行われる。一方、仕事とは、朽ちていく自然過程の中で死すべき存在である人間が、その流れの中で永続的であるような「世界」を製作するために行われる。ここで、アレントの考えの中では、「世界」とはプラトン的な(あるいは古代ギリシア的な)イデアのような「反自然」の製作物にみちた世界である。際立って分かるように、現代における資本主義社会では全く「労働」が賛美されて、「仕事」はもはや芸術家の手に(今では芸術家でさえ労働に平伏している)委ねられているように思われるのだ。

このような大著を極めて簡潔に要約することは、ほとんど冒涜に近いが、あーえーてー!やってみると、こうなる。すなわち、アレントの前提には、人間とは「朽ちていく存在」であり「自然過程」の中に巻き込まれざるを得ない動物である、ということがある。したがって、生命の必要に突き動かされている、つまり自然過程の中に落ち窪んでいる「労働」の前に平伏しているのでは、決して動物とは変わらないのである。では、「人間の条件」とはなにか。それは全くのところ、反自然を志向する、そして「世界」の中に参与する活動でしかない。活動、とは人間に特有の性質である、アイデンティティの消極的記述の性質、多様性に対応するようにして行われる「世界」とのかかわり方である。これこそがいわゆるアレントの公的領域の中心概念であり、彼女によれば、この公的領域でこそ、人間は言論、思考を通してアイデンティティを見つけ出し、多様でありうる担保を見出すのである。

上述の要約は、要約にしても不確実であるが、このように見れば、ハーバーマスの語っていた公共圏との重なる部分もあるが、しかし彼の概念像とは比較的異なるようところが多いように思われる。彼の公共圏とは、可視的な権力に対して、公衆の討議によって異議申し立てを常に行うというものであったが、アレントによれば公的領域とは、政治そのものであり、網の目の様な組織にあって、その中で人間が各人のアイデンティティと多様性を保つ「人間の条件」に他ならないのである。実際、アレントハーバーマスの公共圏比較を行うだけで大きな論文が一本かけそうな気配はするほど、ややこしい問題ではあるが。


U.Beckの「危険社会」がいかにアレントの影響を受けているか、あるいは大澤真幸アレントの影響を実は、大きく受けていたのではないか、ということも読みながら思いもした(ベックについては、科学の自己言及性の議論、大澤真幸については、多様な遠近法やアリストテレスの点の移動、などがそのように思わせる)。

今年読んだ人文系の本の中で、一番鋭く、面白かった物の一つ(ほかには、「資本論」、「公共性の構造転換」)

549p
総計21359p