09読書日記30冊目 『長いお別れ』レイモンド・チャンドラー

レイモンド・チャンドラーがしんでから、今年で50年経つ。彼の小説の主人公、フィリップ・マーロウはフェアに生きようと、タフであろうと、優しくあろうと、心がけている人間である。そして、悲惨な暴力や傷に見舞われるタイプの人間でもある。「長いお別れ」は、最後の最後に効いてくる。マーロウは人間を信じすぎて、彼は自分しか信じられなくなっている。奇妙なレトリックで書いているのではない。人間を信じるということは、人間を信じない態度を捨てて、自分を本当に信じることなのだ。そしてそれはとてもドライになることでもある。感情は人を信じさせない。信じることは、フェアであり続けることなのだ、自分に対しても、相手に対しても。「いんちき」も「相手のすきをねらうやり方」も違う。徹底して自分と相手にフェアであること、これこそが人間を信じることだ。

「さよならはわずかのあいだ死ぬことだ」。この言葉には、今自分の前で生きていた人間が、次の瞬間には全く変わり果ててしまっているかもしれない刹那主義の含意がある。自分を信じて、その自分が信じられる人間を信じること、これは刹那主義のさよならを、死に変換する要素である。「さよなら」は、目の前にいる表層的な人間にだけ向けられるのではない。「さよなら」は、もっと根本的で本質的に分かり合えているはずの人間に、別れを告げるときに用いられるので無ければならない。自分を徹底して信じてくれるものに対してする別れ、それこそが本当の「さよなら」だ。

『ほんとのさよならは悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っている』

545p
総計10229p