10-25

20
必要な一週間分の記憶を掘り起こすために、googleカレンダーとかtwilogとかを開けてみるのだけれど、かわりばえがなくてうんざりする時がある。20日は、そうだ、バイトに行って、帰って眠った、それだけの日。
21
友達にカントについてコメントしようとスカイプしていると、彼が思いもかけない悲しみに直面していた。彼女に浮気(めいたことを)されて別れたらしい。てっきりそのまますんなり結婚するものだと思っていたのに、ショックを受ける。彼自身相当なダメージを受けていそうで、何か力になってあげられたらと思う。
僕が辛いときに慰めてくれた友達はたくさんいて、その人たちが話を聞いてくれたから何とか生きている。毎日ウイスキーを飲んで自暴自棄になっていたのはもう半年前なのだが、今から思えば時間が経つのは早い。あの頃は時間が止まっていた。窒息しそうになりながら「時間が解決してくれる」という意味の分からないクリシェに余計に傷つけられた。時間が解決してくれるにしても、時は一向に流れようとしないのだとしたら、それは永遠の責め苦になる。
永遠回帰する時間に耐えられる力を持つ者が超人なのだろうか。確かにあの時間がもう一度繰り返されるのならば、一刻も早く死にたいようにも思われるけれど、もし時間が永遠回帰すると分かっているのなら、絶望の重さも吹き飛んでしまうのではないか。ルーティンになった絶望を耐えることは容易い。決まって繰り返される痛みに人は慣れていくからだ。超人になるのは案外簡単なことなのかもしれない。本当に絶望的なのは、ただ人生が一度きりであり、それゆえにこそ人生に訪れる苦境が耐えがたく痛ましいということだ。苦痛にかけられた「一回きり」という重力が人を押しつぶす。
バイト先で飲み会があり終電を逃して板橋の友達の家に泊まる。件の友達から電話があるけれど、出ることができなかった。申し訳ない。
22
友達の家からバイトへ。ふらふらになりながら働く。
23
昼前からテニス。のあと吉祥寺のエクセルシオールで文献を読みながらうつらうつら。夜に友達とミュンヘンでビール。飲みながら彼女の話を聞く。愛は信頼で成り立ってるんだと言う彼の言葉が耳に残る。彼は、彼女が自分を好きなのについ浮気をしてしまう、欲望に負けてしまうということに憤っている。聞きながらぼんやりと考える。そういえば僕はそんな自信をもってあの人を叱ることなどできなかった。愛されていないことなどわかりきっていたから、あの人が他の誰と何をしようが僕にはそれを止める権利などないし、僕を愛していないのだからそれも仕方あるまいと思っていたのだった。だけど何度かやりきれなくて手を上げた。どうして俺を愛せないのかと言って暴力をふるった。
友達は比較的大丈夫そうで安心したが、修論を書かないといけない時期にこういうことがあると大変だ。精神的に穏やかじゃないとおちおち何かを読んだり書いたりできない。知的労働者の憂鬱というと、あまりに嫌味すぎるだろうか?
24
月曜日。ゼミにでないで引きこもって論文をリヴァイズ。
25
急遽バイトに入ることに。帰ってから何もしないでスカイプを少しして眠る。今さっき、目覚めた。秋の風が強くて、何か不安になる。何に不安になる? ただ寂しかっただけだ。朝六時。もう明るい。死ぬならこういう朝がいい。日記を書いたあと、煙草をゆっくりと吸って、そのあとに死ぬのだ。何のために死ぬか? 何のために死ぬのかさえ分からぬまま死んでいきたい。バイト中に読んだ源氏物語を思い出す。前半の最後、紫の上に先立たれた光源氏は出家を決意する。あるとき彼女が生前に書いた手紙を見つける。

死出の山越えにし人を慕ふとて 跡を見つつもなほ惑ふかな

「跡」には、死出の旅路を先に行く紫の上の足跡と、彼女の筆跡という二つの意味が掛けられている。紫の上が書いた手紙を読み返し、亡き人をどうしても思い出してしまう源氏は「惑ふ」。「乱れる」でも「苦しむ」でもなく「惑ふ」。この言葉にはそれ以外に表現しようがない、心の絞めつけられるような感覚がよく出ている。愛した人が残した「跡」にそれまでのいっさいが凝固して、心は千々にちぎれさる。出家し仏門に入ろうとする者は執着を捨てねばならない。それなのに、源氏の心は今はもういない彼女に満ちているのだ。失ってもなおいっそう愛が尽きない自分の心に、戸惑うのだ。心惑いを振り切るために、源氏は紫の上の書いたもののそばにこう書きつけてそれを燃やしてしまう。

かきつめて見るもかひなし藻塩草 同じ雲居の煙とをなれ

しかし、われわれは知っている。このようなことをしても何をしても惑いは消えない。惑いは心の奥底に澱のようになって残り続け、ふとした時に、例えば秋の冷たい風が吹き荒れる美しい朝に現れる。愛するためだけに愛した人を失った鈍痛が静かな部屋に沈殿し、その惑いがどこへ向かえばいいのか誰も知らないそのような朝に、世界のいっさいが灰となり煙となって消えていく。