'11読書日記84冊目 『最後の冒険家』石川直樹

最後の冒険家 (集英社文庫)

最後の冒険家 (集英社文庫)

214p
総計24972p
石川直樹さんの書く文章が好きだ。自分の冒険譚を冷静に客観的に描きながら、自分の感動を素直に表現できる稀有な人だ。そんな石川さんが書いた、自作の熱気球で太平洋横断に挑んだ冒険家・神田道夫ルポルタージュ。熱気球というと牧歌的に聞こえるかもしれないが、冒険家たちのそれは違う。気球に乗って、富士山を、エベレストを、越えていく。ヤワな気球の構造でたどり着く高度6000メートルの世界は、極寒と高山病が人を襲う未知の領域だ。石川さんは、自身もエベレストなどの最高峰に登頂した冒険家−−彼自身はその言葉を嫌うが−−であるが、今度は気球の冒険家・神田道夫と太平洋横断に挑む。それは、しかし、残念ながら失敗する。太平洋に不時着した気球は、なんとか近くを通りかかったコンテナ船に助けられ事なきを得る。石川さんは冒険を下りたが、神田さんは違った。2008年、今度は一人で太平洋へと彼は旅立ったのだ。そして、旅だったまま帰って来なかった。
神田さんの無鉄砲で闇雲な実存を賭けた冒険を指して、石川さんは「最後の冒険家」という。地球上がくまなく踏破され、人が冒険家たろうとするのであれば、もはやニッチ産業のように新しい冒険を探しだしてはそれに命をかけることしかできない。自作の熱気球で太平洋を横断する、しかも一人で。これにまさる冒険はあるまい。しかし、最後の冒険家は、最後の冒険に出たまま帰っては来なかった。
神田さんを賞賛するのではなく、ただそこに静かな尊敬の眼差しがある。第六回開高健ノンフィクション賞。