'13読書日記46冊目 『ヨーロッパ政治思想の誕生』将基面貴巳

ヨーロッパ政治思想の誕生

ヨーロッパ政治思想の誕生

262p
本年度のサントリー学芸賞・思想歴史部門の受賞作。中世ヨーロッパの政治思想史の、本邦初と言っても良い本格的な概説書である。欧米の研究動向を網羅しつつ、オリジナルな切り口で「政治思想の誕生」前夜を描き出す。本書は、あとがきによれば、ニュージーランド・オタゴ大学で開講された「ヨーロッパにおける政治思想 1150-1350」という学部四年生向けの講義をもとにしたものであり、叙述の内容は本格的ながら、議論は極めて分かりやすいと言っていい。そして、歴史・神学・政治思想を往還する本書は、知的好奇心を盛大にかきたててくれる。
12世紀から14世紀という期間に、その後のヨーロッパの政治思想の文法が形成されつつあった。それを本書は、「政治共同体論」、「教会法学」、「学問的背景」という三つの軸に従ってダイナミックに描出する。一般にアリストテレス革命と呼び習わされている事態――13C-14Cに『政治学』が再びヨーロッパの知的世界に受容される――があるが、本書はそうした一元的な史観を、上記の3つの軸に視点を取ることで掘り崩す。アリストテレス革命テーゼとは、『政治学』がその異教性にもかかわらず、主にトマス・アクィナスによってキリスト教神学体系に取り込まれ、やがて神学的な枠組みを食い破って、14世紀以降、政治思想の誕生を促したというものである。しかし、本書はこうした従来の思想史の説明を相対化し、複合的な思想の連関をあぶりだすのである。
例えば、12世紀、アリストテレス政治学』の受容以前に、ジョン・ソールスベリーは『ポリクラティクス』のなかで有機体的政治共同体論を提出していた。政治体はジョンにとって自然的存在だと理解される。従来、アリストテレス政治学』の再発見によって、アウグスティヌス的な政治観――人間は原罪によって必要悪として政治を必要とする用になった――が覆されると論じられてきたが、ソールズベリーの『ポリクラティクス』は、それ以前にアウグスティヌス的な見方とは違う立場を提出していたのだ。また、あるいはアリストテレス以前にも政治に関する考察が発達しつつあったことの証左として、中性教会法学における権力論が取り上げられる。11-13世紀のあいだにローマ法が「再発見」され、それが実際の政治機構・社会に応用されたのではなく、ローマ教会の権力、とりわけ教皇の権力をどのように考えるのかという問題に応用されたのである。そもそもアリストテレス政治学』には権力の問題がほとんど論じられないが、教会法学において結実した議論の軸は、やがて教皇絶対主義や、公会議主義、あるいは聖俗両権力の分離の問題へと戦線を拡大していくことになる。あるいは、アリストテレス革命といっても、それまでヨーロッパ世界はアリストテレスアウグスティヌスしか知らなかったわけではない。人間の言語に注目し、公共の利益のために人間は結合するとしたキケロの共同体論も、思想的な養分となっていた。例えば神学者パリのヨハネスは、アリストテレス的命題「人間は自然的に政治的動物である」とアウグスティヌス的命題「個人は本来的に利己的であり、個人と共同体の利害は一致しない」という命題を架橋するために、キケロを用いた。自然状態の中で個別に利己的に生きていた人間は、しかし、言語を操ることを覚え、お互いにコミュニケーションを図り、説得し合う中から共通の利害に個人を導く支配者を選ぶようになった、というわけである。
このようにした思想史の発掘作業のなかで、アリストテレスと同じくらいかあるいはそれ以上に重要な天気をもたらしたものとして取り上げられるのは、ダンテ・アリギエーリ、マルシリウス・パドゥア、ウィリアム・オッカムである。従来、アリストテレス政治学の需要によって政治が「世俗化」したのだと論じられてきたが、必ずしもアリストテレスが神学的な枠組みと相反するものであったわけではない。本書はむしろそうした世俗化の要因を、ダンテ、マルシリウスに認めるのである。両者は「学問的背景」において、これまでの思想家たち――神学者でも教会法学者――とは異なっていた。ダンテは政治家・詩人・著述家であり、マルシリウスは医学者だった。彼らは教公権力に対して世俗の権力を擁護したのであり、それはしかも神学・法学の枠組みではない方法論的確信を伴ったものだった。ダンテの場合は哲学的な演繹・帰納の論法であり、マルシリウスの場合は医学的知の政治への応用であった(とりわけこれはイスラーム的伝統のつながりを感じさせるとされており、興味深い)。さらに、この2人にオッカムを加えれば、そこに教会論、教会統治の理論においても革新が見いだされると論じられる。彼らは教皇や教会に最上の権威を置くのではなく、聖書そのものに権威を見出し、歴史的・言語学的な聖書解釈を通じて、教会論を刷新しようとしたのだ。

以下、面白そうな参考文献。
コンパクトにまとめた概説書。

Political Thought Europe 1250-1450 (Cambridge Medieval Textbooks)

Political Thought Europe 1250-1450 (Cambridge Medieval Textbooks)

Brian Tierneyは中世の自然権思想の研究を大きく前進させたらしい。
Religion, Law and the Growth of Constitutional Thought, 1150-1650 (The Wiles Lectures)

Religion, Law and the Growth of Constitutional Thought, 1150-1650 (The Wiles Lectures)

Tierneyと同様に、ローマ法が教会法学に受容され、のちの近代立憲主義思想の原型となると論陣をはるFrancis Oakley。
The Conciliarist Tradition: Constitutionalism in the Catholic Church 1300-1870

The Conciliarist Tradition: Constitutionalism in the Catholic Church 1300-1870

中世・近代の連続・非連続について。
Lineages of European Political Thought: Explorations Along the Medieval/Modern Divide from John of Salisbury to Hegel

Lineages of European Political Thought: Explorations Along the Medieval/Modern Divide from John of Salisbury to Hegel

有機体メタファーと政治思想。
http://www.amazon.de/Die-Entwicklung-organologischen-Staatsauffassung-Mittelalter/dp/377727805X
隠喩のなかの中世―西洋中世における政治表徴の研究

隠喩のなかの中世―西洋中世における政治表徴の研究

共通善と中世。
The Common Good in Late Medieval Political Thought

The Common Good in Late Medieval Political Thought

西洋における近代的自由の起源 (慶應義塾大学法学研究会叢書)

西洋における近代的自由の起源 (慶應義塾大学法学研究会叢書)