07読書日記56冊目 「この人の閾」保坂和志


この人の閾 (新潮文庫)

この人の閾 (新潮文庫)


本当はキルケゴール死に至る病」を読んでいるはずだったのに、結局読みやすい小説の方に流れてしまう。


保坂和志は去年「カンバセーション・ピース」を読んで、だいたいの感じはつかめていたのでとっつきやすい。一度この人の設定する小説世界の中に放り込まれれば、そこに流れる時の熟成を肌に感じる。


何も起こらない日常を描いた作品群ではあるが、保坂風に言えば何も起こらないからといって何も起こっていないわけではなく、そこにはただ時が流れ続けているのであり、見える風景から何らかの印象を得て、読者や登場人物の背後にある記憶の連想を生み出す。この人の切り取る空間、本編に収録されている順に言えば「真紀さんの家」「玉川近くのさびれた××町」「植物園」「鎌倉」という空間、その一つ一つに感情の微妙な揺れがあり、些細な哲学が顔を覗かせており、本を読みすすめる手は登場人物の思考を上書きしていく。


この人の書く小説は、一年に二作も読まなくていいけれど(もちろん読んだっていいし、読みたい気持ちもあるが)、この人の一貫したテーマである「空間と時間」というテーマが、もっと劇的に形を変えて出てこない限り、頻繁に読む気は起こらない。(というのも、なにしろ70冊も積読があるからだが・・!)


そうはいうものの、やっぱりここ十年の作家の中でも群を抜く手腕であり、読後感は何ともいえない。言葉にした瞬間にそれとしてではなくなってしまう、そういう感覚。本編の最後に出てくる「ゆめのあと」に通じる感覚。秋に寄り添って読むには適切な作家である。


247p

総計16168p