07読書日記59冊目 「石に泳ぐ魚」柳美里


石に泳ぐ魚 (新潮文庫)

石に泳ぐ魚 (新潮文庫)


魚のモティーフ、静かな水槽の中で過去の記憶を泳ぐ魚、暗く冷たいところで一人でたゆたう魚。



劇作家としてデビューした柳美里(ユウ・ミリ)のナラティブは、孤独で凶暴で感情的で、常に死への意志を孕んでいる。暗転とスポットライトを小気味よく使い分けるストーリーテリングには、劇作家ならではの起伏がある。男の書くような、絶望を一身に引き受けるような心のゆれ。絶望は儚い希望によって、よりいっそう深化する。


最後のシーンは何を意味するだろうか。死を読み取るのが正しい?いや、正しいものなどない。自らの闇を正視できるような強さを柳美里は求めているような気がする。闇を、悲しみを、引きずって、絶望の中へ落ち込むことも、仕方ないのではないか。


補足1―、在日の問題、在日朝鮮人と、本国の韓国人との間の隔たりについて、もっと深く書くこともできただろうし、あるいは、それらの”仕掛け”や”トリックスター”、あるいは”柿の木の男”というような心理的に巧みなモティーフは、散在していて逆効果であるような気もする。戯曲として成り立つ作品であろうし、元来柳美里は劇作家なのだが。


補足2―、本作品は、作中の登場人物の一人が、実在の人物の名誉を毀損するものであったとして出版差し止めが行われた唯一の小説作品である。私は、司法の側の意見には組しないが、というのも「解説」の判決文を読む限り司法の文学に対する傲慢は許すことのできないものだろう、が、文学の問題として、実在の人間について深く考えることの出来ない、想像力を持たない作り手は認められるべきではないと思う。作中の人物が、例え実在の人物に寄り添って書かれていたとして、その実在の人物がどのように感じるのかを真摯に捉え、感ずることの出来る想像力を持つならば、このようなことは回避されたのではなかろうか。


246p

総計16899p