08読書日記7冊目 「ベンドシニスター」ナボコフ


ベンドシニスター (Lettres)

ベンドシニスター (Lettres)


全体主義体制下で病によって妻を喪い、悲嘆にくれる哲学者アダム・クルーク。彼の功名を全体主義政府が利用しようとするが、それに抗しないクルークに、様々な悲劇が訪れる。全体主義体制下の暗いどんよりとした雰囲気、しかし時折広大な地平線に沈む夕陽の滴り落ちる雫がそれをなぐさめる。


ナボコフは、彼の著作を初めて読むものにとっては、とっつきにくい華麗で豊潤な饒舌についていくのに苦労するかもしれないが、それを自らのリズムとしてモノにしてしまえば、そこからは途端に莫大な視野が開ける。


ロリータにしろ、ベンドシニスターにしろ、彼の作品には抑圧され、虐げられながらも、心に文学的あるいは哲学的な宇宙を持ち、それをよすが現実を生き延びている人が描かれる。しかし、ナボコフの言うように「自己の生を現実の肌理のなかに刻印するためには虚構によらねばならず、しかも言語による虚構はついに虚構にしか過ぎない」のであって、その葛藤を乗り越えて作者は書き続けなければならないのだし、読者は読み続けなければならない。


しかし、何をもってしても、ナラティブの面白さ、そして悲劇性、ロシア伝統小説の様に教訓をおしつけるような不躾な真似はナボコフはしない。彼の語り始められた世界にただただ浸って、ページをめくり続ければ、あっというまにおしまい。何度も出てくる亡き妻オリザへの愛顧が、そして息子ダヴィドへの愛情、友人らへの深い悲しみが織り成すように綴られていき、その間を縫うように全体政府の愚頓な行いが沸き立たせるユーモア、あるいはクルークの語りにおける自虐的なジョーク、そして鈍間ではあるが恐ろしく凶暴で残虐な一振りを奮う全体主義政府、そういった書いても書ききれぬほどの要素を内包した作品は、まさに現代文学の金字塔である。


少なくとも、日本人の作家が書くもので、これほどまでに人間性への深い悲しみ、残虐性への回顧、ユーモアの素振りを含んだ書き物を見たことがない。


また恐ろしくすごい作品に出会ってしまったのだ。一生私はこれを読み返すだろうし、そうせねばならぬだろう。


291p

総計1908p