08読書日記83冊目 「道徳意識とコミュニケーション行為」ハーバーマス
道徳意識とコミュニケーション行為 (岩波モダンクラシックス)
- 作者: ユルゲンハーバマス,J¨urgen Habermas,三島憲一,木前利秋,中野敏男
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/11/07
- メディア: 単行本
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理解しえたことは、規範的妥当性と事実を峻別し、規範の根拠を探ることが「倫理哲学」の仕事、だということである。慣習的に社会的に通用している規範を遵守するときに、諸個人の間でコンフリクトが起きる際には、その規範が問い直されなければならない。規範とは「〜をなすべし」という命令文であるが、その命令文の根拠を疑うのである。そしてその根拠が否定されるのであればあらたなオルタナティブを提出し、そのオルタナティブについてディスクルス(討議)を通じて、コミュニケーション的行為がなされる。コミュニケーション的行為とは、ディスクルス参加者が自身の行為プランを合意によって調整する相互行為(了解志向的行為)である(その一方にちからや社会的背景に基づいて威圧感や脅威による操作を行う戦略的行為が対置される。これはまさしくアメリカ的であり、ハーバーマスの示唆する了解志向的行為とはヨーロッパ的である)。
ハーバーマスに対して、提出される批判には、ディスクルスに参加しないもの、参加しようとしないものらを、どのようにそのような道徳的まなざしに組み入れることができるのか、というものがある。これについてハーバーマスは、ディスクルスについて反意を唱える者らも、それを唱えた時点でもはやディスクルスの範囲に含まれているため、最も普遍的である規範こそがディスクルスである、ということを言う。あるいは、それに参加しないものですら、社会的コンテクストに包摂されており、その社会的コンテクストとはディスクルスの中でのコミュニケーション的行為によって成立しているものであるから、同様にディスクルスから逃れることはできない、という。しかし、そのような議論はイスラーム諸国で頻発するテロリズムを前にしても可能であろうか? 理性で説得できない相手、理性を拒絶するものらについて、どのように「規範」を与えるのか、それが現前する問いでもあるように思われる。
298p
総計23703p