08読書日記89冊目 「伝奇集」ボルヘス

伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)

知的迷宮とはこのようなことを言うのであろう。訳注まで付してある本書の訳者、鼓直には感服せざるを得ない。

時間、永遠、宇宙、シンメトリー。小説世界がどこまでも鏡のようにこちらを見返し、まかふしぎの異教世界へと旅立って、究極の書物の旅路を告げる。円環的に書くこと、シンメトリーに書くこと、それらは小説技法としての宇宙(不可知なもの)への追求に他ならない。ボルヘスは小説家であるとともに、むしろ詩人であって、小説の文体としては韻文に近い。それはすなわち読みにくさ、ストーリーを追うことの忍耐を必要とするが、そのような労を要しても、不可知にたどり着こうとする旅路は心地よい。

『このわたしが、果たして死ぬのだろうか? そのあとでわたしは、あらゆることは人間にとって、まさしく、まさしくいま起こるのだ、と考えた。数十世紀の時間があろうと、時間が起こるのは現在だけである。空に、陸に、海に、無数の人間があふれているけれども、現実に起こることはいっさい、このわたしの身に起こるのだ……。』

『現実はシンメトリーと軽度のアナクロニズムを好む。』

282p
総計26159p