09読書日記19冊目 『虚構の時代の果て』大澤真幸
- 作者: 大澤真幸
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2009/01/07
- メディア: 文庫
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大澤によれば、オウム真理教事件とは連合赤軍事件の「笑劇」としての反復なのだという。僕は連合赤軍事件について詳しく知らないが、それが「理想」をシニフィアンとして消化していく末路にあったことを、本書や北田暁大の議論から学んだ。「理想の時代」、その「理想」をシニフィアンとしてだけ駆動していき終焉に至る、あるいは次に来たる「虚構の時代」の引導となっているように、オウム事件も「虚構」の純化、すなわち相対主義の極北として突き詰められた結果、破滅的な結末を招き、次に来る「不可能性の時代」の短所として機能している。
大澤の議論は、身体性の規範構造を土台として成り立っていて、いかにして自己(「ここ」にある身体)が確立されるのかという哲学的遡行を引き出しながら進められる。『恋愛の不可能性について』でも触れられているように(というより、これが彼の主だった研究であるのだが)、自己の(能動的)確立とは、他者の他者性を(消極的に)措定することの表裏をなしている。(夢⇒)理想⇒虚構⇒不可能性という時代分析は、実のところ、この自己と他者の身体間規範領域の変遷を追ったにすぎない。根本的な議論としては、つねに他者とどのように関わっていくのかという非常に社会性に富んだ問題意識が存在している。
ところで、ハーバーマスはヘーゲルの『イェナ講義』を読解しつつ、カントを批判している。カントによれば<わたし>が<あなた>だったとしたら、という前提から実践理性としての道徳=規範を引き出すのだが、それはヘーゲルに言わせれば、自己の独我論的な要求であり、他者の存在を仮定していないのであり、社会性を持たない。それゆえヘーゲルの『イェナ』で示唆され、ハーバーマスによっても提起されることは、他者との関係性の中で自己なるものを見出すということである。詳述すれば、他者とのコミュニケーションを成立させるためには、すなわち自己を承認してもらうためには、他者の規範の中にこそ自らを拠って立たせなければいけない。自己をあくまで独我的に主張することは「愛と闘争の弁証法」に陥ってしまう。カントが<自己内自己>に規範を見出したのに対し、ヘーゲル‐ハーバーマスは<他者内自己>にこそ連帯の可能性を見出そうとする。そこでいわれる他者とは、それが無限に連なりゆく中で社会を構成する共同主観性を持ち備えた他者に他ならない。すなわち、大澤の用語を使えばその他者とはまさに、<第三者の審級>なのである。
近代において、第三者の審級としての社会規範は絶対性と相対性のギリギリのあわいにおいて、成立していた。すなわちそれは近代を位置づける資本主義=自由主義の規範であった(し、一方であるいは社会主義でもあった)。しかし、ポスト近代=冷戦後にあっては、その審級はもはや確固たる絶対性を失い、相対主義へと解消されてしまった。そこでは資本主義的規範、あるいは自由主義的規範はただ「相対主義」を絶対主義化することへと転移されてしまっていて、まさに現実を否定するものとしての「理想」が、「虚構」へと、すなわち「どちらでもいい」ものとして堕落してしまっているのである。つまり、ポスト近代においては、ヘーゲル‐ハーバーマスにおける<他者内自己>のコミュニケーションによる連帯の可能性は失効しつつあるのである(が、僕としてはまだそこに可能性があると信じている)。
こういったポスト近代=「虚構〜不可能性の時代」を乗り越える哲学的地平として、大澤が提示しているように見えるのが、<自己内他者>というコミュニケーションの可能性である。これについて、大澤はまだ確固たる概念像を提示していないように思える。彼は(レヴィナスを乗り越え)アガンベンを引き合いに出しつつ、遠くて近い他者=<自己内他者>の存在(本書では<他者>の他者性と記述される)を示唆する。そのような<自己内他者>、すなわち自己を自己たらしめるという意味での、他者が他者たるゆえんである<他者>を承認すること、これこそが大澤の示す地平である。しかし、いかにしてそれを承認するのか、ということまでは明確には提示されていない。
本書において、大澤真幸にしては珍しく、アパッショナートな哲学的鼓舞がなされている。(彼の示した神的暴力の想像や「不可能性の時代」の否定的見解を知ればそこそこ憂鬱な気分になるものの)、彼のアパッショナートな文章は純粋に読み手を鼓舞するものである。
『・・・私たちが内属している「オウム」という文脈に対する透徹した考察が必要である。というのも、考察の営みを継続することが結果として導いてしまう距離だけが、<現在>からの解放を保証するからである』(pp292)
338p
総計6980p