09読書日記59冊目 『暴力について』ハンナ・アーレント

暴力について―共和国の危機 (みすずライブラリー)

暴力について―共和国の危機 (みすずライブラリー)

なんやかんや言うて、アレントを読むのは三冊目。怠けているのである。暴力、政治について書かれた試論的エッセイが本書なのだが、決してジャーナリスティックにならずに、actionの優位があらわになるはずの政治活動について哲学的に思索している。ベトナム戦争やそれに対する反戦運動、さらには行き過ぎた暴力のあらわとなった学生(新左翼)運動を、アメリカ内部から見つめる視線は鋭いし、かつ脱世俗的でさえある。

科学が軍需や資本の運動に独立してある時代は終わり――この見方はフランクフルト学派、とくにハーバーマスと共有されるように思われる――、戦争となれば勢力均衡こそが平和の唯一の方途となってしまった現代において、政治はそれこそ蔑ろにされる。政治における活動とは、目的-手段のカテゴリーにあてはまらない新しいことを始める能力を持っているし、何らかの目的に対して為された政治活動は、決して予測したとおりに、目的に適合するわけではない。活動actionこそは、目的-手段のカテゴリを脱して、言論と行為によって新しいことをなし、公的空間に現れる力を持つのである。しかし、政府はあくまで情勢を「計算可能」であるとか、「合理的な真理の明証性」をもってそれを解くことができる、というふうに考えて、実にコンピュータ的な戦略を立てるのである――それがベトナム戦争の失敗であった。


アレントは政治の場を、つまり公的空間を「現れの場」として考察する。そこでは人々は言論と活動において自らが「誰」であるかを他者に向けてあらわすのである。そこにおいて語られるのは公共における決定にまつわるといういみで政治的なる事柄であり、決して「愛」や「良心」ではない。これは一見、奇妙なことに感じられる。公的な事柄にたいして愛や良心を掲げるのは政治家の常套手段ではなかったか。だがここで思い出さねばならないのは、彼女のドイツの経験から、アレントが常に全体主義の危険を認識していた――もちろん全体主義は上から為されるだけではなく、ポピュリズムの様な形を取って下からもなされうるのだが――ということである。「良心は非政治的である。両親は、悪がなされている世界や、その悪が世界の将来の進路にたいしてもつことになる結果にはあまり関心がない。……良心は個人の自己とその誠実さのために震えおののく」のである。愛もまたしかりであり、そこにさらに苦痛を付け加えることができるだろうが、それらは公的ではない、私的な感情にすぎないとされるのである。『人間の条件』で彼女が語るには、愛(や良心)が政治の目標にされたときには、それは共同体の成員に同一性と強制をはかる耐え難いものになるであろう、ということなのである。私的/公的の区別は、それが「善い人間」であるか「善い市民」であるかということにかかっており、アリストテレスによってたつアレントならば人間は「善き国家」においてのみ「善き市民」なりうるということに賛成するであろう。もちろんそれは単なるナショナリズムやショーヴィニズムといった国家>市民の図式を意味するのではなく、同時に「善き国家」は「善き市民」の活動が行われるかぎりで「善き国家」たりうるのである。良心や道徳が政治的な重みを持つには、人間が公的空間において他者を説得するように、他者に向けて語りかけねばならないのである。「良心にしたがって決意されたことが、今や公衆の意見の一部とな」り、「それは他の意見と区別することのできない一つの意見となる。そして意見の持つ力は良心によるのではなく、それに賛同する人の数による」のである。つまり、良心という個人的な内面が、公的空間において現れることによってのみ、それは政治的な重みを持つのである。


本題である「暴力について」には、触れることができない。簡単に言えば、アレントベトナム反戦運動や黒人の市民権運動などにおける「活動」の歓びを認めつつも、学生が大学に対して暴力をもって行った新左翼運動には否定的である。しかし、一方、暴力と権力は相異なる概念であるということを指摘しつつ、政治権力への信頼が失われていく、すなわち官僚制や政党のポピュリズムにおいて市民の間から権力が抜け落ちていくときに、暴力への誘惑が存在するということも考察しているのだ。「暴力の実践は、あらゆる行為と同様に、世界を変えるが、しかし最も起こりやすい変化は、世界がより暴力的になること」である一方、「権力のいかなる減退も暴力への公然の誘い」でもあるのだ。


アレントの本が、総じて高額なことにイカリを感じる!)

261p
総計19936p

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