'12読書日記2冊目 『微笑・殉教』小島信夫

殉教・微笑 (講談社文芸文庫)

殉教・微笑 (講談社文芸文庫)

333p
総計695p
新年最初に読んだ小説は、小島信夫。この人の書く小説は、『抱擁家族』に魅入られて以来、僕を捉えて離さないが、それは彼の独特のユーモアとともに表現されるみじめさ、ないしは不穏さである。
例えば昭和27年(終戦から7年しか経っていない時)に書かれた「小銃」という短編の書き出し一行に、めまいのするような不穏さとユーモアが同居する。

私は小銃をになった自分の影をたのしんだ。

いったい、私はこのような素っ気なく湿っぽくないユーモアと同居する不穏さを、小島信夫の他に知らない。しかし、彼が不穏であるのは、そしてユーモアをその中に込めることができるのは、彼の書く小説の主人公がまったく社会的な規範から排除された惨めな者たちだからだ。しかも、それを彼は圧倒的に淡々と書く。いっそう、その心理的距離においてユーモアが浮き立ちかつ不穏さが常駐する。大陸に出兵し共産軍と戦う日本軍の、故郷喪失感を描いた「城壁」にそれが極まっていると見ることもできるだろう。あるいは、やはり名作の誉れ高い「アメリカン・スクール」は単に敗戦という去勢体験が描かれたものだと見なすのでは不十分で、敗戦後の日本人に特有の親米-阿諛的なあり方にも同調できず、しかしかといって日本的な(あるいは軍国日本をいまだ忘れられず憧憬するような)精神構造にもくみできない、まったくどこにも所属先のない人物を描いたものである。
素晴らしいとしか言いようのない、短篇集だ。