'12読書日記3冊目 『ジェントルマン』山田詠美

ジェントルマン

ジェントルマン

219p
総計914p
一気に読み終えた。山田詠美を読むのは久しぶりだったが、こんなにムダのない簡潔な、リアリズムに徹した小説家だったろうか。そのリアリズムが、いっそう、この小説の反倫理性を増幅させる。漱太郎はどこからどうみても好青年で圧倒的なジェントルマンだが、その裏では数々の女をレイプし蹂躙してきた。あまりにその手口が巧妙で、しかも世間的には圧倒的な好青年なのだから、周囲は誰も彼の裏の顔を知らない。ただひとり、主人公で同性愛者の夢生をのぞいては。漱太郎は、自分を「罪の意識」なく犯罪を犯せる人間であると豪語する。夢生は、ヘテロの彼に本当の愛を捧げ、その「告解」を聞く唯一の人間だ。漱太郎は夢生のみに心を許し、楽しげに自らのレイプや暴力を語る。夢生は、その告解を聞くはけ口となり、自らがその暴力やレイプの、つまりは欲情の対象とならぬことに涙する。
読んでいてムカムカする小説だ。特に、漱太郎が巧妙に犯す犯罪の数々は、生々しい暴力(それは肉体的でもあり精神的でもある)に血塗られており、読者を不快にさせる。そのような人間を、ジェントルマンを愛してしまった主人公は、周囲に自らの彼への愛を隠しているが、やがてその愛を、自らの「本当」を告白しようと心が動いていく。この小説は、そのような真実性・本来性への憧憬に満ちた、暴力的な筋書きを持っている。愛とは何か、自分とは何か。愛する理由とは何か、自分が自分である理由とは何か。それらの答えられない問いに、答えられぬということを身をもって示す小説である。僕は何度か、矢も楯もたまらず泣きそうになった。主人公たちが、漱太郎という理不尽に優しく暴力的な男に翻弄され、自らの「本来性」を信じきっており、しかもそれを他人に告白せずにはいられないような衝動に駆られているからだ。
人は「本当のこと」を知りたがる。あなたの「本当のこと」、私の「本当のこと」。

しかし、いったいだれがジェントルマンだったのか。ジェントルマン、優しい男。優しさ。