'12読書日記18冊目 『素粒子』ミシェル・ウェルベック

素粒子 (ちくま文庫)

素粒子 (ちくま文庫)

443p
総計5106p
『ほをずり』を一緒にやっているあの勃起短歌(!)のBJくんが大好きだというので、読んでみた。非常に良い。超トップクラスの分子生物学者の弟と性的快楽に執着しているモテない文学青年の兄。この二人の異母兄弟の悲哀と虚無と猥雑さに満ちた人生を軸に、近代ヨーロッパ文明の頽廃を描き出すことに成功している。瑞々しく魅力的なのは、理論物理学に関する記述だ。現代の理論物理学はほとんど哲学じみていて、しかもその理論はありきたりの――それでいてしかしみんななんとなしに依拠して生きているところの――ヒューマニズムを打ち砕く。それは徹底している。人間主体に固有に見えるものは、遺伝的配列によって常にすでに決定されている。この決定論を技術によって推し進めていけば、争いのない幸福な社会が出来するであろう。人類は遺伝子規模で操作可能であり、遺伝子の変化こそ真の変化と言う名に耐えうるものである。このような楽園的な立場を、この小説は主題とする。だが、その主題は、ただ単に、次のことを反照してみせることのみに注がれたものだ。近代消費社会がいかに欲求に充足することに失敗し、惨めに欲求の充足を追い続けなければならず、しかもそれは老いることを死よりも罪深いものにしたということ。愛と性欲では、性欲のほうが必要条件であるということ。このことを、二人の兄弟が人生をかけて、その虚無的で永遠に孤独な人生をかけて、証明してみせるのである。この小説は「人間に捧げられる」。