'12読書日記57冊目 『カント 第三の思考―法廷モデルと無限判断』石川文康

カント 第三の思考―法廷モデルと無限判断

カント 第三の思考―法廷モデルと無限判断

314p
総計15678p
本書は最近読んだ本の中でももっともスリリングだったものの一つ。テーマは、カントの判断表の中の質の項目に現れる「無限判断」である。カントによれば、判断の形式は量・質・関係・様相の4項目に分けることができ、さらにそれぞれが3つに分類されうる。「Aは非Bである」という形式を持つ無限判断は、この質の項目の中の一つである。ところが、『純粋理性批判』を読んだことのある人ならわかるように、カントのこの部分の説明は極めてわかりにくい。質の項目の残り2つは、肯定判断「AはBである」、否定判断「AはBでない」なのだが、この後者の否定判断と無限判断がどう違うのか、カントの説明では全くわからないのだ。曰く、無限判断は実は「AはBではない何かである」を意味しており、例えば「魂は死なない」が否定判断であるのに対し「魂は不死である」は無限判断であり、それは「魂は死ぬべきものではない何か」を意味する、という具合だ。「死なない」と「不死である」は一体何が違うのか。あるいは「AはBではない何かである」という判断の形式――それは否定的な述語を持ち一見否定文のように思われるが、その実コプラを見れば肯定判断をなすという形式――は一体何を意味するのか。そして、カントはこう一見全くおなじに見える判断をなぜ導入したのか。
筆者はこの不可解な「無限判断」こそが、実はカントの思想を貫いている「第三の道」、すなわちアンチノミーにおける矛盾対立を調停して、正しき判断の下地を作る「理性の法廷」の判断であることを、思想史や概念史の助けを借りながら、次々と明らかにしていくのである。カントは論理学的には同一視されていた否定判断と無限判断を区別し、後者において「認識はできないが想定せざるをえない」無の存在が開示されることを示した、というのだ。つまり、無限判断は、矛盾対立をなすと主張する二つの命題の論理的仮像を暴き(矛盾対立に見えるものが実は少反対対立ないし反対対立であると暴き)、同時に超越論的に非Bの存在を確保するのである。例えば、第1アンチノミーにおいて、「世界には限界がある」と「世界は無限である」は一見矛盾対立をなしているように思われる。アンチノミーの両者はどちらの証明においても、相手方の意見を前提すれば矛盾に陥らざるをえないことを帰納的に示している。確かに排中律を認めない理性の立場からすれば、こうした有限/無限の組みは矛盾対立をなすもので、理性は膠着状態に陥ってしまうことになる。だが、無限判断を否定判断から区別する思考形態において、「世界は無限である」は否定判断ではなく、つまりは「世界は有限である」の対立命題ではない、ということが明らかになる。「世界は無-限(in-finite)である」はまさに無限判断、「世界は有限ではない何かである」ということしか意味していないのである。そしてさらに重要なことは、ここにおいて「世界」は積極的に有限とも無限とも規定することはできない(世界は全体としては与えられない)「無」として存在論的に現れることになるのである(世界は有限/無限の間で「度」を持つものとして現れる)。
僕の要約が上手くいっているか少々自信がないが(手元に本がない)、とにかく、本書は少しでもカントの議論を知っている人なら是非読んで欲しい目からウロコ落ちまくりの1冊なのだ。