10-1

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ほくととキアヌと安藤馨『統治と功利』読書会。今日は3章まで。読んでいるときはしきりにそのロジックと勉強量に感嘆していたのだが、レジュメを作るにあたって再読すると色々と疑問も出てくるものだ。しかし、台風である。暴風雨になる前にビールを買って帰宅。
NHK特集でやっていた映画監督・園子温の番組を見る。震災以来もう二本――『ヒミズ』と『希望の国』――震災をテーマにした映画をとっている。『ヒミズ』しかまだ見ていなくて『冷たい熱帯魚』とかも見たいのだが、『ヒミズ』は正直がっかりだった。もちろん、そのレベルは日本映画のそこらのありふれた水準を超越していると思うし、インパクトも大きい。しかしいかんせん音楽の使い方が好きではないし、監督が番組の中で言っていたような「震災以降芸術をしようと思えば、誠実でなければならない」ということは『ヒミズ』からは感じられなかった。震災のことを直接撮ることだけが、震災について芸術的に表現することではないと思うのだが。しかし、映画の性質というものを活かそうと思えば、「震災を撮る」ということになるのかもしれない。『希望の国』のメイキングクリップみたいになっていて、むしろどうやら『希望の国』は良さそうだと感じたので、それを見ればはっきりする。園子温が誠実であるかどうかが。
ともあれ、番組自体は面白く大澤先生やChimPomとの対談もなかなか良かった。そしてなにより園子温の詩が一番ビビッドであった。

「数」
まずは何かを正確に数えなければならなかった。
草が何本あったかでもいい。
全部、数えろ。
花が、例えば花が、桜の花びらが何枚あったか。
「膨大な数」という大雑把な死とか涙、苦しみを数値に表せないとしたら
何のための「文学」だろう。 
季節の中に埋もれゆくものは数えることが出来ないと、政治が泣き言を言うのなら
芸術がやれ。

10-1
10月になってしまった。
今月は学会初報告と、その前にややクローズドな研究会で発表させてもらうことになっている。友達がだんだん大人になっていくと「初めて」という経験が減っていく、と言っていたが、そんな数少なくなりつつある「初めて」の学会発表だ。正直不安だけど、何でも楽しんでやれる自信が、俺にはあるよ。