'13読書日記26冊目 "Kant's Politics: Provisional Theory for an Uncertain World" Elisabeth Ellis

Kant’s Politics: Provisional Theory for an Uncertain World

Kant’s Politics: Provisional Theory for an Uncertain World

256p
ロールズ以降の規範理論が、もっぱらカントの倫理学からみずからの政治理論を引き出そうとしてきたのに対して、エリザベス・エリスはむしろカントの政治思想そのものに焦点を合わせて現代の理論への洞察を得ようとする。しかし、エリスは、例えば、ヴォルフガング・ケアスティング(Wolfgang Kersting)やインゲボルグ・マウスのように『人倫の形而上学・法論』にあらわれている理念としての共和制(あるいはリベラリズムの構想)に着目するのではない。彼女がカントの政治思想の重要な貢献として考えるのは、「許容法則(das Erlaubnisgesetz)」と「公論」である。カントにおける許容法則の重要性を指摘したものとして、ラインハルト・ブラント(Reinhard Brandt)の初期の研究があるが、意地悪い言い方をすれば、それにほとんど言及せずにアメリカの文脈に許容法則を紹介した研究だとも言える。ブラントにはなくエリスにあるのは、公論の要素であろう。許容法則によって暫定的に存在が許される不正状態において改革を進める推進力となるのが市民による公論だというわけである。
許容法則は、『永遠平和』のいくつかの注で簡単に触れられ、『法論』によって十全に展開されるカントの重要概念である。それはごく簡単にいえば、カントに特有の二分法である理念と現実のあいだにグラデーションをもうける法則である。超越論的な理性理念としての法=権利の概念の観点から見れば、現実の一切は不法=不正状態であるが、その現実が理念へと漸近していくという限りで、その不正状態を暫定的に許容するのである。カントは、この論理を、暫定的/確定的所有権、貴族の特権、君主制/共和制、戦争の停止/終焉(平和)と様々なところで適用している。エリスは、この許容法則によって、現実を理念へとどのように改革していけばいいのかに関する原理が(細々とした実際の事例分析ではなく)得られると指摘する。これはなかなか重要な指摘なのだと思う。とりわけ、規範理論としての政治理論とポリサイが分化してしまったアメリカでは、興味深い受け入れられ方をしただろう。
色々文句を言いながら(例えば、カントの政治思想にケンブリッジ学派の思想史の方法論によって迫るのだと銘打ちながら、参照される同時代プロイセンの文献の一切が、先行研究の使い回し(ようは二次文献からの引用)であったり、カントの政治思想においては自由と現実の対立が止揚されると言いながら、その自由概念がどのようなものかへの考察が抜けていたり、許容法則についての議論がようやく第四章で出てきたりetc)読んでいたのだけれど、読み終えてみれば、大筋賛成できるし、一般の人が読んでも面白く、カントの研究書としても分かりやすい本になっていると思う。エリスとしてはおそらくカントプロパーになるつもりはなく、許容法則と公論の議論を現代の政治理論へといかすための下準備という感じなのであろう。頻繁に現代の政治理論についての言及があり(たとえば、ガットマン、トンプソンの熟議民主主義)、最終章は許容法則をシティズンシップの議論に応用してみればどうなるのかということに割かれている。