'14読書日記9 『藤田省三コレクション』

藤田省三セレクション (平凡社ライブラリー)

藤田省三セレクション (平凡社ライブラリー)

天皇制国家の支配原理』は序章を一度修士の時に読み、そのブリリアントさと蛋白で無駄のない文体に魅了されたことがある。『コレクション』はその序章から、晩年の思索までを広く収めている。丸山真男より好きかもしれないと思う反面、ややロマン主義的な傾向があるような印象があるのがむっとする気分にもなる。が、高度成長期のイケイケドンドンの時代に、あくまで「反時代的」な「戦後」の視座を持ち続け、しかもそれが高度成長期における「安楽への全体主義」を、そしてその全体主義の中では、生死といった人間の根本的な倫理に関わることですらも行政的手続きによって処理される――管理されるとまでは言わないにせよ――ことを予見していた風であるのはおどろくべきことである。「安楽への全体主義」という概念は、もともとはアメリカの社会学者リチャード・セネットの「安楽への自発的隷従」から来ているようだが――藤田省三がセネットを読んでいたというのにも驚かされる――、その分析は軍を抜いて鋭い。安楽への全体主義という概念のおどろくべきことは、それがまさに日本が戦後高度成長の歩みにあるなかで、つまりリベラリズムというアメリカ輸入の概念を元に経済的に発展してきたなかで、発せられたということである。どういうことか。通常、リベラリズムは公私の分離をはっきりとわけ、私的領域における価値の多元性を担保・保障する思想である。しかし、高度成長における人々の「安楽」絶対主義とでも言うべき事態は、そうした多元性をむしろ根底的に忘却し、あるいは抑圧する可能性を露出させてしまう。

抑制のかけらも無い現在の「高度技術社会」を支えている精神的基礎は何であろうか。…それは、私達に少しでも不愉快な感情を起こさせたり苦痛の感覚を与えたりするものはすべて一掃してしまいたいとするたえざる心の動きである。苦痛を避けて不愉快を回避しようとする自然な態度の事を指して言っているのではない。むしろ逆に、不快を避ける行動を必要としないで済むように、反応としての不快を呼び起こす元の物(刺激)そのものを除去してしまいたいという動機のことを言っているのである。
…むろん安楽であること自体は悪いことではない。それが何らかの忍耐を内に秘めた安らぎである場合には、それは最も望ましい生活態度の一つでさえある。価値としての自由の持つ第一特性である、他人を自由にし自発性の発現を容易にするからである。しかし、ある自然な反応の欠如態としての「安楽」が他のすべての価値を支配する唯一の中心価値となって来ると事情は一変する。それが日常生活の中で四六時中忘れることの出来ない目標となって来ると、心の自足的安らぎは消滅して「安楽」への狂おしい追求と「安楽」喪失へのいらだった不安が却って心中を満たすこととなる。
こうして能動的な「安楽への隷属」は「いらだつ不安」を分かち難く内に含み持って、今日の特徴的な精神状態を形作ることとなった。「安らぎを失った安楽」という前古未曾有の逆説がここに出現する。それは、「ニヒリズム」の一つではあっても、深い淵のような容量を以て耐え且つ受納していく平静な虚無精神とは反対に、他の諸価値を尽く手下として支配しながらある種の自然反応の無い状態を追い求めてやまないという点で、全く新しい新種の「能動的ニヒリズム」と呼ばれるべきであるかもしれない。

ごく簡潔に言えば、ここに見て取れるのは、見田宗介の擁護を借りれば、安楽への疎外を前提とした安楽からの疎外の状況診断である。安楽へと疎外されていること、それはまったき安楽、一切の苦痛から解放された状態が必ず実現する、必ずや実現されなければならないという衝迫を意味している。藤田自身は述べていないし、凡庸な見方になるかもしれないが、それは日本が戦後の焼け野原の「経験」、敗戦の「経験」を「経験」自体として止揚せず、そこから目を背けて、現在の苦難を凌ぐために安楽を求めたという事態から出来するのかもしれない。藤田は「経験」という概念を、自己が疎外されるような異質なものに触れ、そこから再び対自的な存在へと帰還するヘーゲル的なプロセスをもって用いているが、まさにその意味で、戦後の日本は敗戦を経験しなかったのかもしれない。安楽への全体主義は、自分にとって不快なものの一切を、つまり自分とは異なるものの一切を、排除する方向へと動いていくだろうと藤田は洞察する。このことは、戦後の日本がアメリカ輸入のリベラリズムを背景に発展してきたのだとすれば、リベラリズムそのものの価値が、リベラリズムが信条とする価値の多元性が掘り崩される状況を意味している。
さらに、藤田のテーゼは、それをさらに論理的に深化させれば、現代の日本においても妥当するかもしれない。つまり、こういうことである。高度成長からバブルの崩壊を経て失われた20年という現代経済史的な物言いがある。しかし、こうした年表的な事柄はただ知られているにすぎず、それらが真に「経験」されたとは言えない。バブル崩壊以後、誰もがみなまったき安楽などはないと本当は知っているのだが、そのことを経験したとはいえないのだ。そのことの証左として、2000年代以降活発化されるナショナリズム、とりわけ排他的なレイシズムを伴うナショナリズムの攻勢を考えて見ればよい。在特会に代表されるナショナリストレイシストが危惧するのは、中韓の人らに日本が乗っ取られるのではないか、在日に与えられた「特権」が日本人の安楽を奪っているのではないかという、虚妄的な不安である。彼らは在日の人らさえいなくなれば、「安楽」が手に入ると盲信してやまないのだ。もちろん、そのような「特権」は存在しない。彼らは、そしてわれわれはいまだ、「安楽」が訪れることを待望し、安楽へと疎外されているのである。藤田省三は確かに、安楽へと疎外される状況からいかに脱出すべきかは、少なくとも『コレクション』のなかでは述べていない。しかし、安楽への疎外がもたらす全体主義的な傾向を、自らに不快を与える異質なものを排除しようとする不穏な傾向を、少なくとも精神構造の分析によって予告していた、ということは間違いがない。しかし、リベラリズムの土壌の上で、安楽への全体主義、安楽への疎外が現れてくるのだとしたら、われわれはいかにしてその「への疎外」から解放されうるのだろうか。
さらに、藤田の「安楽への全体主義」が先見的であることは、彼の観察が精神構造に向けられているにもかかわらず、彼が「反応としての不快を呼び起こす元の物(刺激)そのものを除去してしまいたいという動機」に言及するとき、われわれは否が応でも生政治的文脈を意識せざるをえないということにも明らかである。もちろん、われわれは「生政治的文脈」というとき、念頭に置いているのはフーコーであるが、フーコーの晩年の思索と藤田は一種交錯しているようにさえ見える。晩年、彼は直腸がんを患っていた。

わたしは平均寿命とか闘病精神とか、といった概念に反対である。生きものには、それぞれ「寿命」と呼ばれているものがあり、六十七にもなればガンで死んでも至極当然のはずである。私たちはその「寿命」すなわち「個体差」と「生きものの個別性」をこそ「アクセプト」しなければならぬ。それこそが先ほどのモンテーニュの言葉[ondoyant et divers]に代表されるような、全体主義の妨害物となる異物の養成・実現・普及に関する道だと思うのである。異物だらけの全体主義は定義上矛盾であって成り立たない。しかし、医術の世界も「診察」と同時に「治療方針」が「一貫流れ作業」として決まっており、「同意書」は不同意の場合を前提としない一つの「行政」手続きに過ぎないし、他方には私たちの社会全体の態度の問題があって、「寿命」に従って生き且つ死ぬことが出来る人は、今日、果たしてどれだけいるだろうか。

ここに、フーコーの「自己への配慮」と重なるものを見て取るということが可能だとすれば、なおさら興味がつきない。