'14読書日記50冊目 『歴史の文体』ピーター・ゲイ

歴史の文体 (Minerva21世紀ライブラリー)

歴史の文体 (Minerva21世紀ライブラリー)

文体、スタイル。この観点から歴史叙述の歴史(history of historiography)を構想すればどのようになるか、というもの。具体的にはギボン、ランケ、マコーレー、ブルクハルトの4人が取り上げられ、そのスタイルが論じられる。スタイルとは主観的なもの、一種の芸術的要素であり、客観的な歴史叙述とはそぐわないように見える。歴史が科学となりえるか、というのは現在でも論じられる問題であるが、19世紀に歴史が個別の学問分野として登場した場合にそれはもっとも問題となった。歴史を科学化する立場からすれば、レトリックや表現上の癖などは歴史叙述からは遠ざけられてしかるべきものとなる。しかし、いくら歴史が科学であろうとしても、過去の出来事の中から何を取り上げ、何を捨てるのかといったことから、その出来事をどのように評価するのかに至るまで、歴史執筆者の主観性あるいは価値はそこに入り込んでくる。より根本的には、そもそも歴史に対する視点を提供したり、歴史への興味を執筆者に抱かせたとうのものこそ、そうした主観的なものなのである。このことから目をそらさずにいることは、歴史と科学の関係について考える時に重要なことは間違いがない。ゲイが歴史家のスタイルを取り上げて論じるとき、そこで問われているのは、その歴史叙述が客観的なものかそうでないのか、つまりそれは科学性の要求を満たしているかいないのかといったことではない。むしろ、スタイルという主観的なものに注目して歴史叙述を読んでいくことで、歴史の執筆者が自分の研究の対象にどのような関心を持っていたのか、過去とどのような関係に立とうとしていたのか、そして何のために歴史を書こうとしていたのかといった価値の問題を明らかにしようとするのである。