'16読書日記8冊目 『ポスト代表制の政治学』山崎望・山本圭

ポスト代表制の政治学 ―デモクラシーの危機に抗して―

ポスト代表制の政治学 ―デモクラシーの危機に抗して―

代表制民主主義の危機が叫ばれて久しい。民意と代表の乖離というのが、その最も基本的な問題なのだが、この問題は、次のようにさらに分節化できる。この乖離がどのように生じているのか、どのような意味を持つのか、乖離しているとしてそれがなぜ問題なのか、そもそも代表制とはなんのために必要なのか、既存の代表制が民主主義にとって不都合なものであるとすればそのオルタナティブをいかに考えるのか。
代表と民主主義というのは出自の違う二つの原理であり、その混合であるとしばしば語られるのだが、代表概念自体が――私の見るところ民主主義そのものよりも――多義的であり、どのような観点からアプローチするかで様々に捉えうるために、上記の一連の問いの答えも多様になっている(例えば、古典的なハナ・ピトキンの研究もクリアカットとは言えない概念分析になっている)。本書が捉える「ポスト代表制」というのは、代表制を廃棄して直接民主主義の実現をめざす、というような単純なものではない。むしろ代表制の理解を徹底的に突き詰め、その可能性の限界を見極めあるいは脱構築し、民主主義と乖離しているとされる代表制を批判的に捉え返し、民主主義とともに代表制をリブートするすための標語である。とりわけ序文で顕著に意識されているように、19世紀的な階層社会にもとづいた利益代表(政党)がもはや現実に即しておらず、しばしばイデオロギーと政党、投票集団の結びつきが消失するという社会の変化、さらにグローバルな形で統治が稼働し、ナショナルな代表というだけにとどまらない代表が可能になっているし、実際すでにそのような代表を考察すべき現実がある。現実社会の変動に常に思考が遅れをとるとしても、その変動を無視したまま代表制を自明のものとして受容し続けるには、困難な時代になっている。
本書の構成は以下である。

序 ポスト代表制の政治学に向けて(山崎望・山本圭
1 直接民主主義は代表制を超えるのか?(五野井郁夫
2 国境を越える代表は可能か?(高橋良輔
3 代表制のみが正統性をもつのか?(山崎 望)
4 熟議は代表制を救うか?(山田 陽)
5 動員は代表制の敵か?(山本 圭)
6 宗教と代表制は共存できるか?(高田宏史)
7 民意は代表されるべきか?(鵜飼健史)
8 全体を代表することは可能か?(川村覚文)
9 真の代表は可能か?(乙部延剛)
あとがき

このように多様な論点が提出されているのだが、本書は、編著にありがちな、論者ごとの理解や論文のクオリティのバラ付きが感じられず、代表制と民主主義を取り巻く議論の可能性を様々な側面から示しており、非常に充実した書物になっている。欧米の基本的な研究はしっかり抑えられているし、議論は非常に手堅い――にもかかわらず知的刺激を与えてくれるものであるという、稀な性格を持つものでもある。決して教科書的なものではない。
例えば、既存の代表制の不備(民意との乖離)を批判し、それを補完することで民主主義を活性化しようとする、直接性を志向したオルタナティブを構想する論文があるかと思えば、直接性/代表性という二分法に懐疑的な眼差しを向ける論文もある。例えば、前者としては、近年の直接民主主義的運動の世界的動向と日本の動向をグローバルな視野で捉え直して理論を与えようとする五野井論文や、同じ直接性への志向を持ちながらも、ずっと以前から悪評高くまともに受け止められてこなかった「上からの動員」という政治手法を再考し、そこに集合的アイデンティティを新しく作り出していく可能性を見る山本論文がある。かと思えば、鵜飼論文は直接性(民意)と代表という、現前/表象の西洋形而上学システムにつらなる政治理解を脱構築し、代表制それ自体が包含する矛盾を明るみに出す。高橋・山崎論文では代表と代表される者のナショナルな限界がグローバル化した社会のなかでかなりの程度揺らいでいるということが指摘される。高橋論文ではステークホルダー・デモクラシーにおける代表概念が一つのありうるオルタナティブを提示するものとして示される。山崎論文は――本書の中で唯一と言っていいかもしれない――行政権力のあり方も含めた統治の問題系を代表との関係で論じており、しかもそれがグローバル・ガバナンスの文脈で考察される。山田論文では、熟議民主主義論が代表制をどのように捉えることができるのか、とりわけミニ・パブリックス論のジレンマとでもいうべき問題や熟議システムという新たな視点が解説されている。イスラームを西洋世界がどのように表象-代表しえるのか、リベラルデモクラシーはそもそも彼らを代表できないのではないか、という今や日本でも無関心ではいられなくなった問題を扱う高田論文、戦前の「國體」をめぐる論争(天皇主権説・天皇機関説)から全体をあますことなく代表しようとする理論を構築する誘惑が危険性を孕む点を指摘する川村論文。さらには、フローベールの「紋切り型」に、トクヴィルマルクスが見出した2月革命期における代表制の自壊とは別の可能性を見る乙部論文もある。
代表概念は民主主義と同じ程度に政治思想の中核概念であり、にもかかわらずそれゆえに、正面切って論じることの難しいものだとも言える。本書を通読すれば――やや記述が濃密で、集中力を必要とする箇所もあるし、ある程度この種の議論に慣れていなければ置いてけぼりを食らうところもあるかもしれないが――、問題系を一わたり理解し、これから代表と民主主義、代表と政治について粘り強く考えていくための足場、しかも最先端の足場を得ることができるだろう。

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