12-25

23日。友人のコント・ライブ@長堀橋。前二回よりも格段に脚本の精度が上がり、コントというよりも現代劇に近い様相を呈しているがしかしながらそれはコントとしか言いようのないものであって、僕の感受性を刺激しまくった。言葉遊びを多用したコントは、どうしても滑舌の良さと観客の理解の良さの両方を要求するため、本で書くことは可能であったとしても、実際に演じてみることは難しい。しかし、友人らは実際にそれをやってのけ、のっけから僕を圧倒した。特に僕がすきなのは『重ね重ね』である。手記という形式を利用することで時間の違った二人を並列的に配置することが可能になり、しかもその時間のズレは一方がヘビメタ⇒飲み会の誘いの電話というテンションの起爆剤をもって結合せられる。やがて一方の暗いムードが他方の圧倒的なまでの明るいムードに飲み込まれ、観客はその狂気的なまでの明るさに笑わされてしまうのであるが、実のところその笑いの基底にあるのは自殺しようと決心して手記をつづる人間なのである。このように複眼的な見方を舞台上で提示して見せる脚本上の工夫は極めて効果的である。悲劇は他方では喜劇であり、喜劇を笑うということは同時に悲劇を笑っているに他ならないのだという、笑いが持たざるをえない根源的な暴力性を、時間の「重ね合わせ」は開示してみせる。しかも、観客がその暴力性に気付くのは、テンションをあげまくって明るく動き回る人物にひとしきり笑い疲れた後の一瞬の間なのであり、僕は虚をつかれたような気分になったのであった。


24日。夜バイト。帰宅後、友人宅でクリスマスイブを過ごす。朝まで寝たり飲んだり。ファッキンメリークリトリス


25日。二日酔いも覚めやらぬまま、昼から7時間バイト。疲弊して帰ってくると、悲しいニュースが飛び込んできた。twitterのTLもそのニュースで埋まる。フジファブリックのフロントマンである志村正彦が24日死んだというのだ。僕の大学に入ってから継続して聞いてき、新譜が出れば買うという数少ないアーティストが死んだ。今はPCのライブラリに入っているフジファブリックの曲を流している。「茜色の夕日」から最新アルバム『CHRONICLE』に至るまで、志村の書く歌詞はどれも満たされない自己の悲哀を歌っている。以前ロッキンオンのインタビューで、いつかは自分が満ち足りているというような曲が書けるときが来るだろうか、とインタビュワーとともに笑っていたことを、今や悲しく思い出さずにはいられない。彼はともすれば過激なまでに自虐的な歌詞を書き、自らの至らなさ、圧倒的な敗北感を、叙情的で色彩豊かな言葉とともに歌ってきた。僕はそのはかなさやせつなさに魅了されてきた。今年7月にワンマンライブを見て、ついこの前のみやこ音楽祭が志村を見た最後だった。

茜色の夕日眺めてたら 
少し思い出すものがありました
晴れた心の日曜日の朝
誰もいない道 歩いたこと
茜色の夕日眺めてたら
少し思い出すものがありました
君がただ 横で笑っていたことや
どうしようもない悲しいこと