夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった/谷川俊太郎

夜中に台所できみに話しかけたかった

きみは生きていて呼吸してたに過ぎないんだ
十五分間に千回もためいきをつき
一生かかってたった一回叫んだ
それでこの世の何が変わったか?
なんてそんな大ゲサな問いはやめるよ
真夜中のなまぬるいビールの一カンと
奇跡的にしけってないクラッカーの一箱が
ぼくらの失望と希望そのものさ


そして曰く言い難いものは
ただひとつだけ
それがぼくらの死後にあるのか生前に
あるのかそれさえわからない


魂と運命がこすれあって音をたててら
もうぼくにも擬声語しか残ってないよ
でも活字になるんじゃ
呻くのだって無駄か


ぼくは目をつむって
どんな幻影も浮ばぬ事がむしろ誇りだ
その事の怖しさに
いつか泣き喚くとしても