09読書日記37冊目 『比較不能な価値の迷路』長谷部恭男

比較不能な価値の迷路―リベラル・デモクラシーの憲法理論

比較不能な価値の迷路―リベラル・デモクラシーの憲法理論

東大の憲法学者、長谷部恭男である。この人が憲法学界でどのような位置づけ(正当?異端?)なのかはわからないが、彼の新書を三冊読んでひどく興味深かったので、その彼の単著である。だが、岩波新書のほうが面白異様に感じたのは、本書が専門書であるからだろうか。

彼の思想は端的に言って、近代立憲主義、リベラル・デモクラシーであるといえる。近代立憲主義は、宗教戦争の暗黒時代を乗り越えて現れた自然法と社会契約の啓蒙期の思想である。それは私的領域と公的領域を分離し、公的領域における市民の利益を政治過程に乗せる、というものである。私的領域にあっては「生の意味、世界の意味について、この世には多様で相互に比較不能(incommensurable)な考え方が併存し、せめぎあっている」のだが、その部分と切り離して公的領域を設定することこそ、むしろ私的領域における自由を可能にせしめるのである。しかし、彼がそのような単なる啓蒙主義者、近代主義者にとどまらないのは、そのようなリベラリズムがきわめて偶然的に欧米において発達した価値概念であることを看破している点である。多様な文化の共存を保存するリベラリズムないしプルーラリズムを、単にグローバリゼーションに乗せて輸出・強制するのではなしに、「それぞれ固有の文化にコミットした社会が複数併存する状況」をも、リベラリズムは容認せねばならない。確かにこれは危険な相対主義に傾きかけない議論ではあるが、わたしたちの価値観がリベラリズムにおいて偶然的に形作られたということを自認しているかどうか、その違いは大きいだろう。

英米憲法学の系譜を参照しながら、国家の正当性、権威の設定、司法権と民主主義の関係性などを論じている。

174p
総計12258p